1930年代の歴史やファッションをざっくり解説

21/10/2020

tar

●アメカジ歴15年
●174cm
●着用イメージやサイズ感の参考に。
●実際に使用して、良かったものを記事にしています。

今回は1930年代の歴史やファッションをざっくりと解説していこうとおもいます。

時代背景

世界恐慌

まずは1920年代~30年代の経済の流れを説明します。

第一次世界大戦の特需により、1920年代のアメリカは建国以来の繁栄を迎えていました。自動車や映画、ラジオなど当時の先端技術も大衆に広まり、家電の普及で人々の生活は豊かになっていきました。

大量生産、大量消費の恩恵を受け、新しいライフスタイルが確立された時代でした。

アール・デコの装飾が施されたクライスラービルやキングコングで有名なエンパイアステイトビルなどのニューヨークを象徴する高層ビルもこの時代に建設。

しかし、繁栄の時代は20年代の終わりに大きく転換します。

1929年10月24日(木曜日)ニューヨークのウォール街で株価が大暴落したのを、きっかけに世界中を巻き込む大恐慌の時代に突入しました。

これが『世界恐慌』です。

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こうした繁栄と恐慌の1920年代は後に『狂騒の20年代』と呼ばれました。

ニューディール政策

1933

フランクリン・ルーズベルト大統領が世界恐慌克服のために示した新政策です。

ニューディール政策の主な目的

  • 貧困層の救済
  • 国家の復興
tar

これかなり、ざっくりですからね!(笑)

この2つの目的を達成するために、ある団体が生まれました。

市民保全部隊(CCC)

1933年に設立された、市民保全部隊(CCC)。

高校を卒業しても就職できない不況の時代に若者に合宿やキャンプを通じて職業訓練を実施しました。

他にも道路建設やダムづくりなどの公共工事や森林伐採、植林などの維持管理作業に従事させるなど大規模な雇用を生みました。

雇用促進局(WPA)

最大の公共事業機関として生まれた、雇用促進局(WPA)。

雇用促進局(WPA)は、全米各地で小規模なプロジェクトを実施し、道路、空港、学校などを建設しました。

また音楽、演劇、美術などの芸術分野の失業者も支援を行うことで俳優、画家、音楽家や作家が雇用されました。

雇用促進局(WPA)は1度に300万人の失業者を救済し、1943年に廃止されるまでに合わせて900万人を救済しました。

CCCもWPAも1930年代のヴィンテージ 品としてオークションで取引されています。

※他にも、ニューディール政策によって作られた団体はありますが、あえてCCCとWPAに絞りました。
理由としては、単純ですが当時のCCCとWPAの作業で使われたデニムやウェア類の数が多くてマニアの世界で流通しているからです。

ハリウッド映画

ハリウッド映画の始まり

ハリウッド映画の始まりには、あの有名なトーマス・エジソンが絡んできます。

1908年、エジソンは、アメリカ国内外の映画会社を集めて『MPPC(モーション・ピクチャー・パテント・カンパニー)』というエジソンをトップとする団体を結成します。

MPPCはエジソンの特許権を理由に映画の製作・配給・興行を独占しました。

独占することが出来た理由

エジソンの特許権がある撮影機や映写機の使用、プリントの焼き付けなどを禁止にする裁判に勝ったからです。

その為、MPPCに高額なお金を払わないと映画会社は自由に映画を作ることが出来なくなりました。

そんなMPPCの目から逃れるように、映画関係者は新しい場所で、映画制作を始めました

この新しい場所が、ハリウッドです。

当時のハリウッドは土地が安く、また天候も好条件なため低コストで映画を撮ることが出来ました。

こうしてハリウッドが発展し、1918年にMPPCは独占禁止法違反で消滅しました。

その後、ワーナー・ブラザーズユニバーサルといった会社が次々と大作を生み出すようになり、ハリウッド黄金時代と呼ばれるようになります。

ハリウッド黄金時代

カウボーイが登場する西部劇

ハリウッド黄金時代に作られた主な映画はたくさんあります。

ハリウッド黄金時代に作られた主な映画

  • 1936年上映 『平原児』
  • 1939年上映 『大平原』
  • 1939年上映 『駅馬車』

1930年代は西部劇と呼ばれる、カウボーイが登場する映画が流行りました

特に『駅馬車』は西部劇の中で代表作とされ、映画史を代表する傑作として高く評価されています。主役を演じたジョンウェインは、この映画の成功により、一躍大スターになりました。

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ちなみに、『駅馬車』に登場するジョンウェインの役は、私のイメージするカウボーイではないです

見たら分かりますが、きっとみなさんも、そう感じると思います。

個人的にはサブキャラ達のスーツやハットの着こなしがかなりカッコ良くて衝撃を受けました

映画の内容は、一言でいうとワイルドスピード。違う所は、車か馬かの違いで、ほかはワイルドスピードです。

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世界恐慌とデュードランチ

カウボーイの影響から流行へ

世界恐慌の影響で、様々な人達が不景気となりましたが、西部の牧場主たちも不景気となり牧場経営が厳しい状況になりました。

主な原因は、牛肉の価格が下落したためです。

そこで牧場主たちは『デュード・ランチ(DUDE RANCH)』という、観光スポットを催します。

それは恐慌下であっても、ゆとりのある東部の富裕層たちに夏の休暇を牧場で過ごしてもらう、いわゆる『牧場観光』のことです。

デュード・ランチ自体は1930年代よりも前からありましたが、1930年代に上映された西部劇に登場するカウボーイの影響もあり、デュードランチが流行りました。

デュードランチとジーンズ

『ジーンズを穿いたカウボーイ』

1930年代以前のジーンズは、まだワークウェアとして認知されており、広く一般に普及していませんでした。

ジーンズが『ファッション』としてのアイテムに一役買うことになったのは、ジーンズを労働着として着ていたカウボーイたちです。

そして1930年代に西部劇が流行し、映画の中でカウボーイたちはジーンズを着用するようになりました。そして多くの観客達に影響を与えました。

デュード・ランチに来る富裕層は、映画に出ていた『ジーンズを穿いたカウボーイ』への憧れと開拓者たちの精神に対するリスペクトから、牧場でジーンズを穿いて食事をしたりして休暇を過ごしました。

カウボーイ達のジーンズでは、リーバイスが中心でしたが、ライバルのLeeを含め競合する会社は、こぞってリーバイス501と似たジーンズを販売しました。

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現在も残っているライバル会社で有名なものでは、カーハートオシュコシュなどがあります。

女性用のジーンズを生産

後にリーバイスはデュードランチ用のアイテムとして女性用のジーンズを世界で初めて生産しました。

コレにより作業員の多い西部だけでなく、富裕層の多い東部にも浸透しました。

しかしジーンズは、まだまだデュード・ランチ用の衣装程度の位置づけでした。

1930年代の終わり

1930年代という時代は、世界恐慌の影響で暗いイメージがありますが、ジーンズと映画が世に出始める貴重な10年間でもあります。

ハリウッドで映画が発展したから、ジーンズが発展したとも言えます。

そしてその後は、1939年に第二次世界大戦が始まり1940年代へと続きます。

1940年代は音楽ジャンルであるリズム&ブルースが生まれた時代です。

厳密に言えば、『リズム&ブルース』という名前が誕生しました。

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この辺の話も、ざっくり解説しています。

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